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漢方医学の歴史「インド医学」

漢方医学の歴史「インド医学」

本来、「漢方」という呼び方は、西洋医学が盛んになった明治時代につけられた、比較的新しいものです。それまで、日本には医学は漢方医学しかなかったので区別する必要がありませんでした。 なぜ「漢方」と名付けたかといえば、この医学体系が中国の漢の時代に出来上がったからです。 現在、中国では伝統的な中国医学を「中医」と呼んでいます。 では、この「中医」はどのように成立したのでしょうか? 諸説がありますが、わたしは仏教とともにインドから伝えられた「インド医学」に古代中国の医学と道教思想(陰陽五行論)が一つにまとめられたのではないかという説を支持しています。 インド医学はチベット医学やアラビア医学の成立にも関係し、さらにアラビア医学はトルコを通り、ヨーロッパ(西洋医学)、特に外科手術にも影響を与えたとされております。(後で述べます) では、インド医学、中国医学、漢方医学の三つについて簡単に説明します。 インド医学 インド医学はアーユルヴェーダとよばれています。 紀元前二千年ころから数百年をかけて成立したといわれる長い歴史を持つ医学です。 アーユルヴェーダとはサンスクリット語で「長生きの知恵」という意味で、病気の治療以外に食事法や養生法に重点を置いています。 インド医学の最も根本重要な思想は「トリ・ドーシャ」とよばれる人間の目には見えないはたらきが生命の維持に重要な作用をあたえるというものです。これは漢方医学の「気」と同じようなものだと考えるとよいと思います。また、動植物や鉱物をもとに薬物を生成し、治療を行うこともインド医学が確立したものであるといわれています。 さらに大麻を麻酔に用いて外科手術を行っていた名医・耆婆は釈迦の高弟であったと伝えられています。ちなみに古代インドの外科手術は記録が残っているものでは世界最古といわれ、現在の外科手術の起源はインドにあるとされています。 耆婆は釈迦の高弟でありました。 わたしはこのことより、インド医学は体系化される過程で仏教の影響を受けているという考えを支持します。また、そのことが仏教とともにチベットや中国さらには日本へと伝えられ、広まった要因の一つだとも考えます。

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